採点ペン

 1979年4月に教職に就いた。それから36年間教員として働き、2015年3月に、定年退職まで2年を残して早期退職をした。退職する際、もう使うことのないものを同僚に譲るなどして処分したのだが、一本のプラチナソフトペンだけは持ち帰った。俗に採点ペンとか先生ペンとか呼ばれているものだ。私はこの採点ペンを新採用の年に購入して以来36年間、テストの採点やノートへの赤ペン書きなど、多くの仕事をこのペンで処理してきた。ソフトペンのチップをどれだけ交換したことだろう。使ったインクカートリッジは何箱になるだろう。しかし、ペンは壊れることなく私の酷使に耐えてくれた。
 この採点ペンを見ると一人の女性を思い出す。
 新採用の一年目、私は印刷室で印刷をしようとしていた。当時の印刷機は前に印刷した人の印刷用原版をローラーから剥がして自分の印刷用原版を貼り付けて印刷するというものだった。私は印刷済みの古い印刷用原版を剥がした。するとローラーに大量のインクが盛り上がるようについていた。きっと原稿の文字が薄かったのだろう。文字を濃くするために私の前の使用者はこれでもかというくらいにインクをローラーに流し出したのだ。その状態ではとても新しい印刷用原版を貼り付けることはできず、ローラー上のインクをトイレットペーパーで拭き取らねばならない。印刷機のインクは粘度が高く、手などに付くとそれはそれは大変。拭き取るのに時間だって掛かる。急がないと次の授業が始まってしまう。私は思わず「誰だよ、こんなにインクを出しちゃって…」と小さな声だが避難めいたことを口走った。すると、隣で印刷をしていた少し年上の女性の同僚に優しく諭された。「中谷さん、そんなことを言うもんじゃありませんよ」。私はハッとして彼女の顔を見た。きっと聞くに堪えなかったのだろう。私はその人に不快感を与えてしまったことを大いに恥じ入った。
 それにしても、なんという優しい声掛けであったか。柔和な表情だった。今でも鮮明に覚えている。
 その頃私は、職場で支給された赤軸の採点ペンを使っていた。インクも採点ペンに付属しているソフトペン用の濃い赤色のものだった。少し毒々しい感じの色で、生徒のノートやテストを汚しているような気持ちになったものだ。
 ところがある日、前述の同僚が採点している手元を見たら、私が使っているペンとは異なっていた。胴軸がピンク色。よく見るとチップを支えている小さなソケットもさり気なくピンク色。そしてインクも淡い赤色。キャップは銀色のステンレス。何と優しい色の組み合わせだろうと思った。聞いたら自分で買ってこられたとのこと。使っているインクは万年筆用の赤色のカートリッジだとのこと。軸とインクの色の優しさが際立っている。自分が使っている赤色の採点ペンは力強い赤色で、これはこれで鮮明で良いのだが、淡いピンク色の採点ペンのソフトさに惹かれた。
 胴軸とインクの優しい色合いも気に入ったが、私は印刷室でのこともあり、この同僚と同じペンを使いたいと思った。同じペンを使えば彼女が持ち合わせている力強い優しさに一歩でも近づけるような気がした。新米教師の私にとって、彼女は、身近で具体的な目標となっていた。つまらないことですぐ愚痴を言うような人間になってはならない。真に人に寄り添うことのできる優しさをもちたい。
 そして、電話で方々に問い合わせをして、新宿紀伊國屋に残っていた最後の一本を購入した。既に廃番品だったのだ。

 あれから42年の年月が過ぎた。
 多くの生徒と出会い、生徒たちとともに過ごすなかで生徒たちを励まし続けてきたつもりだ。特別な能力も力量もない私にできることはそれだけだった。しかし、時には怒りに任せて言葉荒く叱ることもあった。そのようなとき、「そんなことを言うもんじゃありませんよ」と、この淡いピンク色の採点ペンは力強く、そして優しく諭してくれたのだった。