K女史からの転居連絡葉書

 「下記の住所に転居しました。近くにお越しの際は是非お立ち寄りください。」
 よく見る文面である。今まで一度も遊びに行ったこともないのに遊びに行ってもいいのかな…。仕事関係で知り合った人で、そんなに親しい間柄でもないけど…。
 「一般的な挨拶文句ですよ。そんなに深く考えなくてもいいんですよ」と言われそうだ。はい、そうですね。私も分かっていますよ。しかし、上記のような転居連絡を受け取る度に違和感というほどではないが、不思議な思いになる。この人は、誰に対しても前述のような文章を送っているのかしら。

 K女史からの転居連絡葉書は違った。
 「今は住み始めた街の散策に夢中です。駅近なのに閑静で、散歩コースもたくさん見つかりました。絵が描けたらいいのに…。」
 「絵が描けたらいいのに…」というのは、私が絵の勉強を少しばかりやっていることに掛けてある。住所変更をしたとの記載はどこにもない。発送者の欄を見れば新住所が書かれている。
 これは美しい。振る舞いが美しい。形式的な事務連絡にせず、近況報告と読み手との接点でまとめている。実にエレガントだ。「近くに行った際は立ち寄っていいですか」とこちらから尋ねたくなる。
 他人への配慮。それこそが、ものごとの美しさには欠かせないものであることに気付かされる。それは、もしかしたら美しさの本質なのかもしれない。