佐伯祐三展

 東京ステーションギャラリーで開催された佐伯祐三展に、私は2度、足を運んだ。
 1度目は全作品の説明文をしっかりと読みながら、1点1点をじっくり観て回った。何年も、このときを待っていた。初めて観る佐伯の原画に圧倒されながら、佐伯の作品と対峙していることの幸福を確かめつつ、次の作品へと進んだ。濃密な2時間だった。図録を買って帰り、それを眺めてはいろいろな思いに耽る日々が続いた。
 1か月後、再びステーションギャラリーを訪れた。東京駅構内にある小さな美術館だ。2度目は気に入った作品、気になる作品を集中的に観た。何故佐伯はこの壁、建物、風景を描いたのか。佐伯は何故この部分を暗くしたのか。何故佐伯はこの直線を曲線にしたのか。このような疑問を心に浮かべ、自分なりに回答も考えてみたりした。
 すると不思議な感覚が生まれた。原画と私の間に佐伯が現れたのだ。私に背を向け、キャンバスに向かい、筆を動かす佐伯。次の瞬間、原画の奥に、作品の中にある壁、建物、風景が現れた。風景、原画、佐伯、私という4重構造が出現し、4点が奥行きのある空間となった。
 今までこのようなことを経験したことはなかった。いつも、存在するのは原画と私のみであり、原画との対話や交流を楽しむことが美術館での過ごし方であった。ところが、2度目の佐伯祐三展では、原画と私の間に画家が存在し、原画の奥に作品中の風景が出現した。絵を描いている佐伯の後ろに私が立って、現実の風景と作品を見比べながら、作家の筆使いを見ているかのような感覚。
 このような感覚を楽しみながら、私は作品の前に立ち尽くした。
 もう一度、パリに行ってくるか。佐伯の足取りを追いたくなってきた。佐伯の作品との出合いが新たな可能性を生み出してくれそうな、そんな明るい気持ちになっていった。