サントリーリザーブのボトルとインク

 その昔は、多くのデパートの万年筆売り場でモンブランの万年筆が売られていた。ショーケースの上にはモンブランのロゴが刻印されている真鍮のキャップが付いたクリスタルガラスのインクボトルが置かれていた。とても透明感のある魅力的なインクボトルで、中に入っているブルーのインクが輝いて見えた。そのインクボトルの中に緊張しながらペン先を入れてインクを付け、試し書きをしたものだ。
 ある日、漫画家の中山蛙さんと会ったとき、「僕はブルーのインクはそれほど使わないから、でべそさんにあげるよ」と取り出されたのは柔らかなビニールで作られた容器で、大きさはビール瓶くらいのものだった。その中にインクが並々と入っていた。モンブランの業務用のインクだとのこと。これが定期的にデパートなどに届けられるのだと、その時知った。店頭では、その容器からクリスタルガラスのインクボトルに、これも定期的に移し入れられ、輝くブルーインクとして私たちの前に現れたのだ。
 喜んで持ち帰り、早速モンブランの50ミリリットルのインク瓶に入れた。700~800ミリリットルもあったかと思う。50ミリリットルほど減ったものの、容器の中のインクはそのまま変わることなく並々とあった。柔らかなビニールのような容器は半透明だった。キャップはあるが、決して気密性が高いようには見えない。このままでは、インクが乾燥するか劣化してしまいそうな予感がした。キャップがしっかりと締まり、色の付いたガラス製の瓶がよかろうと考え、当時よく飲んでいたサントリーリザーブのボトルにインクを移し替えることにした。
 このような経緯で、モンブランのブルーのインクが入っている、サントリーリザーブのボトルが書斎の物入れに存在することとなった。モンブランの業務用インクはサントリーリザーブのボトルを満たし、入りきれなかったインクはモンブランの50ミリリットルの空のインク瓶に入れた。
 その後、小分けされた50ミリリットルのインク瓶が空になると、サントリーリザーブのボトルから小分けするという作業が繰り返されていった。
 先日、遂に、その作業のラストの日が訪れた。サントリーリザーブのボトルから最後の一滴を落とし、リザーブのボトルは空となった。中山蛙さんの顔を思い出した。当時はお互い若かった。一緒に骨董市に行き万年筆を探して歩いたこともある。ショートケーキ食べ放題に行ったこともある。意気込んで店内に入ったものの、それほど多くのケーキを食べることはできなかった。一滴のインクが落ちる瞬間、数々の思い出が心の中に広がった。
 サントリーリザーブのボトルの容量は700ミリリットル。50ミリリットルのインク瓶14個分だ。それを全部使い切った。他にも自分で買ったものもいくつかあったが、空になってしまった。沢山あったボルドーのインクボトルも残り僅かだ。ボルドーのインクは、昔、廃番になるという話を聞いて、探して歩いた。ドイツからも取り寄せたりもした。それらも使ってしまった。
 使い切ったインクの量を思う。万年筆とともに過ごしてきた人生が確かにあった。数式、原稿、手紙、葉書、・・・。随分と沢山書いたものだ。
 まだ終わりではない。まだまだ書き続けなくてはならない。流石にサントリーリザーブのボトルを満たすほどのインクは不要だが、モンブランのロイヤルブルーのインクを数箱買ってこようと思っている。